なぜ東大模試A判定を目指すのか

私はかつて大学受験を経験した中年です。

当時は、大学受験を成功することができず、以後数十年後悔を抱えながら生きてきました。

と言っても、自分で大きな失敗をしたというよりも、しっかりと勉強に向き合って真剣に取り組んだという充実感を得られないまま、受験を終えてしまいました。

それも全て結果であり、実力であることはわかっております。

 

しかし、このまま後悔を抱えたまま、過去と向き合わずに過ごしていて良いのか、という思いが強くなってきました。

 

そんな思いを思い出させてくれたのが、Ameba TVの『ドラゴン堀江』でした。いわゆる受験企画物の番組ですが、食い入るように観ながら、受験当時のことを思い出してかなり刺激となりました。その後もずっと教育系YouTuberの動画や学参紹介の動画などを貪るようにみていました。そんなことを繰り返していく中で、私ももう一回勉強をしなおして、受験当時叶えられなかった到達点にたどり着きたい、という思いが強くなってきました。

 

 今の基礎力はゼロに近いですが、1から教科書レベルの勉強を始めながら、自分が成長する過程をこのブログで示していきたいと思います。

 

そして、表題にある、『なぜ東大模試A判定を目指すのか』について。

私は今社会人をしており、仮にどこかの大学受験に成功し合格したところで、そこの大学に通うことはできません。もちろん受験だけなら誰でもできるので、行くつもりがなくても受験自体は成立します。しかし行くつもりがない受験は時間も金も無駄であり、かつ現役の受験生に不遜であります。そして、社会人ともなると、平日土日に関わらず、1日2日間のフリーな時間を捻出することも(職種にもよるとは思いますが)そうそう容易いことではなかったりします。

しかし目標がないと、途中で勉強のモチベーションも続かないことは自分の性格からしてわかっていました。本来、今回の受験勉強再開は、”かつて受験生時代に成功し得なかった受験の成功体験を勝ち取る”ことが目標であります。そこで考えた結果、あくまでも代理的な最終目標(サロゲートエンドポイント)ではありますが、大手予備校の模擬試験でA判定を取れるレベルまでに学力=偏差値を高めていこう、という結論に至りました。

英数国理科を勉強するので、どうせなら東大模試を目標にすれば(それ以上の目標は立てようもないので)いいんじゃないかという安易な発想です。当時、東大に行きたかったわけではありませんが、東大に行くような頭の良い=勉強のできる=努力のできる子が羨ましくて仕方がありませんでした。東大京大に進学したような頭のいい奴はかなり強い羨望の対象でした。そんな自分の強すぎる羨望を抑えきれずに今でも反作用の劣等感に苛まれています。であれば、どうせなら東大模試でいい成績を出して、自分の成長を証してやろう(いや、できたらいいな・・・くらいの内心ですが・・・)という結論に行った次第です。

 

ただ、現役時代からかなりのブランクがあることから、かなりの時間を要することは覚悟しております。そのため、今から勉強を始めて、1年後、2年後くらいに目標を設定して、日々勉強を進めていきたいと考えております。

 

加えて、受験勉強以外に、本職の勉強、そしてその他の勉強も同時並行で進んでいきます。このブログでは、それら全ての項目についてもupしていければいいなと考えております。

 

期限も締め切りもノルマもない、随分とのんびりした話ではございますが、数十年間の区切りをつけるためにも、また、現役当時わからなかった勉強の楽しさを再確認するための、私の中のやり直し・仕切り直しです。どこまでできるか未知数ですが、どうぞお付き合いいただけましたら幸いです。